どうも、岩熊です。
先日なつの方からセミナーの日程が決ま
ったことをお伝えしたところ、たくさんの方
から申し込みのメールをいただきました。
ありがとうございました。
でも、受付はまだなんです。
昨日は日程の告知だけを先行でしました。
紛らわしくて本当にごめんなさい。
セミナー会場の予約の都合もありまして、
本申し込みまではあと2,3日お待ちください。
さて、今日の本題。
夏は忙しくなりそうなので、私は夏を先
取りするつもりで昨日あきる野市の東京
サマーランドへ行ってきました。
まだ夏休み前だし平日なので客が少なく、
従業員も少なくてプレオープンみたいな
雰囲気いっぱいでした。
そのせいなのか、「流れるプール」では
大型の浮き輪を普段は有料で貸し出し
ているようですが、昨日は無料で貸し
出していました。
「東京サマーランド」と書かれた白い
浮き輪が、うねうねと長い「流れるプール」
をどんぶらこ、どんぶらこ、とたくさん流れ
ていきます。
「流れるプール」に飽きた人はそこから
出てほかのプールへと移動していくの
ですが、その時、それまで自分が使って
いたサマーランドの浮き輪をプールサイド
で手元にキープする人が目に付きました。
また次に「流れるプール」に入る時にすぐに
浮き輪を使いたいからという理由なのでしょ
うが、それにしてもアホだなぁと、その時は
思いました。
みんなに使わせてどんどん回せばたくさん
の人が何度も使えるのになぁ、と。
そしたら自分だって次に「流れるプール」に
戻ってきたときにちょっと待てばすぐに使わ
せてもらえるのに。
浮き輪をプールへ還さずに手元に置いて
おくことで「いつでも使える」という安心感を
得ることはできますが、一方でその間の
浮き輪は役に立ちません。
手元に置いて寝かせてしまったら、自分
ばかりかほかの利用客も浮き輪が使えない
状態が継続してしまうのです。
すると「流れるプール」全体も活気を
失います。
たくさんの人がグルグル周回してプール
から出たり入ったりを頻繁に繰り返している
ようであれば浮き輪が自分の手元に再び
回ってくるチャンスも頻繁にあるのですが、
「一度手放したら二度と還らない」と手元
に置くことを考えてばかりいると、みんな
が同じように手元に置き始めます。
結果として一部の人の手元に浮き輪は
あっても全体としてなんだか活気のない
プールになります。
と、ここまで考えたときに気づきました。
あ、これってお金の使い方とよく
似ているぞ、と。
私は「なぜ婚」の音声で
「金銭的に豊かである状態
とは貯金がたくさんあること
ではなくて、どれだけ多くの
金を使えるかだ」という
意味のことを話しました。
この例えで言うならば、浮き輪が人に
もたらす豊かさとは、「どれだけ浮き輪を
使ってプールを楽しくグルグル周回する
かだ」と言い換えることができます。
我々ひとりひとりが銀行口座やタンスに
入れて貯めこんでいるお金は、
「流れるプール」で言えば白い浮き輪
みたいなものです。
浮き輪を手元にストックしておけば自分は
いつでも浮き輪を使える状態にありますが、
一方で使わない限り豊かさを得ることは
ありません。
「貯金の多さ」を「豊かさ」とはき違える人が
多くて全体の活気を失っている日本の現状
によく似ていませんか。
とは言え、私はメルマガ読者の皆さんに
「貯金なんてやめて全部使ってしまえ」と
まで言うつもりはありません。
そこまでするとバランス悪すぎますから。
しかし、こう思っておいてもらう必要は
あるとは考えています。
「自分の預金口座に積み上がった金は、
自分だけの物じゃない。
一時的に自分の手元で預かってる
だけのものだ」と。
いや、もちろん法的な、例えば所有権
みたいなものはありますよ。
自分の口座の金だったら。
しかし、意識としてはいつもその金を
還元してやることを念頭から外さないで
いて頂きたいのです。
浮き輪みたいにいつか還すことを忘れない
でいて頂きたいのです。
「返す」んじゃなくて「還す」んですよ。
「還す」ということは自分のところに再び
「還ってくる」ことを前提とした考えなのです。
自分という人間は広い社会の経済活動の
一環にあって、預かっていた金を流れに
還す、というイメージです。
お金は浪費するのではなくて、使って還って
くるものに沢山使わなければなりません。
ところで、今回どうして私が婚活のブログ
でこんな話を書くんだと思いますか?
全部つながっているからですよ。
今日ここに書いたことは婚活ともちろん
関係があります。
例えば・・・
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